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2016年4月 2日 (土)

【あさが来た最終回】朝ドラの「着地点」とは【あさと新次郎?】

『あさが来た』最終回を迎えた。
個人的にはなんだかもやもやする最終回だった。

というのも…

まず、朝ドラというのは、最終回に向けた着地点がはっきりしているかどうかがドラマによって大きく違うように思う。
実在の人物をモデルにした朝ドラは、着地点がはっきりしているものが多い。最近の朝ドラでいうと、『マッサン』が着地点がはっきりしている典型例であろう。初回に示したゴールに向かってストーリーを逆算していったと言える。『花子とアン』も、『赤毛のアン』を出版するというゴールがあった(少し最後は駆け足なところがあったが)。
同じように実在の人物をモデルにした『カーネーション』では、ヒロインの死まで描くという、もっとも極端な着地点を設定したと言える。

実在の人物をモデルにしたわけではないが、東日本大震災という現実の出来事を取り入れている『あまちゃん』は、ストーリーは全く予想がつかない展開ではあるものの、東日本大震災が起こって北三陸鉄道が部分開通するところまでやるというのは、予想がついた人が多いだろう。

当たり前だが、実在の人物をモデルにしたドラマでは、着地点が見えないものが多いことになる。
一方で、実在の人物をモデルにしたドラマであっても、着地点がはっきりしないものもある。
例えば、『ゲゲゲの女房』である。ドラマ放送当時は、モデルとなった水木しげるさんが存命であったこともあり、どこまで続けるかというのはどこまででも終わらせられるし、どこまででも続けられるところであった。
古い作品だと、『てるてる家族』もそうである。このドラマは、『あさが来た』と同じく、実在の人物をモデルにしていると言いつつもフィクション的な要素が強かったということもあると言える。また、ヒロインのヒロイン性が薄く、時に脇役的な位置になることが多かったのもその一員であろうか(ヒロインの姉のエピソードが最終回だったほどである)。

今回の『あさが来た』は、言うまでもなく実在の人物をモデルにしているのだが、以前にも書いたとおり、フィクション性が強められたキャラクターになっていること、炭鉱の経営、銀行の設立、生命保険会社の設立、女子大学校の設立と、イベントが続き、「これ」という大盛り上がりにならなかったような気がする。
これが、『あさが来た』最終回にもやもやした理由の一つ目である。

もう一つ、朝ドラは長丁場であるから、脇役のエピソードが膨らんだり、話題作りでゲストキャラを登場させたりするもので、前半では「土方歳三」とか「五代友厚」とか、ドラマを盛り上げてくれるキャラクターが目立ったものだが、後半では「田村宜」が目立ったが、「平塚明」のようにドラマに登場させた意味あいがよく分からないキャラクターもいた。またあさの姉のはつであるが、25歳で亡くなるという史実を曲げたものの、生かしたはつのドラマ上での位置付けが中途半端だったような気がする。これらは、個人的な感想である。そして、御殿場勉強会をラストに持ってきながら、そこに参加した実在の有名人物に触れることもなかった。結局、「広岡浅子」という女性実業家の物語が、「白岡あさ」という女性の物語に変質していき、「あさと新次郎」的なラストを迎えたわけである。
これが、『あさが来た』最終回にもやもやした理由の二つ目である。

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